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TAKURO & his BIG GROUP with SEO again 〜This precious story - この貴重なる物語〜
-Nov.04,2004 山梨県民文化ホール(8月7日休演分の代替公演)

このツアーも、ついに最終日。
自分、当初山梨は行く予定無かったのですが、、、行ってしまった…。
いや、行かなければならなかったのです。

場所が甲府なだけに、公演後東京へ戻ることは不可能。電車が無い。
会場すぐそばの「ロイヤルガーデンホテル」にCheck Inして参加しました。

- ステージの様子 -
◎10/30沖縄公演では座りながらの演奏もあったそうだが、山梨では全編スタンド
◎ハイテンションでギャク・暴言(フォーク系への)を連発。超元気でした!
◎期待されていた特別メニューは「朝陽がサン」「純情」
◎「落陽」のアレンジが後半4ビートから8ビートに変わった。激しいリズム

- 客席の様子 -
◎1階席は満席の模様。「平日・甲府・振替公演」なだけに、2階席は後方に空きが
◎最後列2列分は客席にシートが掛けられ、座れなくしてある
◎しかーし!大宮・東京公演のチラシの効果か、マニアックなファンが2階に詰め掛けており、1階以上に2階席は盛り上がった。(私は2階9列42番におりました)
◎「落陽」でも「旧友再会..」でも先に立ち上がったのは2階席。(に見えた)
◎「落陽」「全部だきしめて」「旧友再会...」「まにあうかも...」「今日までそして...」、他アンコール3曲では2階席もほぼ半数が立った。1階席は言うまでもない

今回はメモ帳片手で参加。MCほぼ網羅してるハズ。


18:00 開場
入口でカメラチェック。場内はギターインストが流れる。

18:32 開演前、拓郎本人によるアナウンス
〜「みなさんこんばんは。吉田拓郎です。本日はTAKURO & his BIG GROUP with SEO again This PRECIOUS STORYにご来場、有難うございます。開演に先立ちまして、ちょっとしたご注意を申し上げます。場内での飲食は、いけません。外で食べ終わって、口の中を空にしてから入場しましょう。喫煙は所定の場所でお願いします。ちなみに、僕は去年タバコをやめました。みなさんもこの機会にやめてみてはどうでしょうか。携帯の電源は、切ってください。メールならいいだろう、というのもいけません。ライブステージを撮影したり、MDに録音することは、いけません。まあ、こんなずうずうしい人はいないと思いますが、ビデオに録画するのも、いけません。では、ケータイに付いてるカメラはどうか。やはり、いけません。さて、只今ロビーにおきまして、コンサートツアーのオリジナルグッズ、CD、ビデオ、DVDを販売しています。思い出作りがしたい方は、買って帰りましょう。まもなく開演します。席について、さあ1曲目は何だろうと、ワクワクしながらお待ちください」(直後に「清流」)

00.清流
→DVDの音源。中盤で場内暗転。ミュージシャン登場。続いて瀬尾さん登場。
00.人間なんて(inst)

01.あヽ青春 (write松本隆/song吉田拓郎.1975)
→イントロで拓郎登場(衣装は東京公演の写真と同じ)
02.マークU (write&song吉田拓郎.1971)
03.僕の人生の今は何章目ぐらいだろう (write&songトータス松本.1998)

MC 〜「長いことお待たせしました…。今年は暑い夏にやられてしまって。酷暑でメタメタになってしまいました」
(客席から「朝までやるぞー!」コール)
「朝までやるぞー!って、今さら朝までやるバカいないよ!大体、朝まで起きてられないのは君たちのほうだろが」
「えー、今日は思いつきで1〜2曲入れます。でもこれミュージシャンが大変なんだな」
「では、朝陽がサン」
(ミュージシャンが一斉にアタフタと楽譜を探してセットする。ステージ数秒慌てた状態)

04.朝陽がサン (write&song吉田拓郎.2001)
→特別メニューその1。8/3中野までは通常セットリストに入ってた曲

MC 〜「広島から、ミヤギ君の運転するトヨペットコロナの後部座席に乗って上京してきた。『広島にいてもミヤギ君(早速ギャグ)』…」
「中尾ミエが昔好きだった。♪かわいいベイビー、ハイハイ〜」
「田代みどりの"パイナップルプリンセス"(乳首が云々と替え歌を歌う)あれ!?客席ア然としてる…?」
「(フォークっぽくギター弾きながら)僕はこういう方向目指してたんじゃなかったんだよ!」
「(右方向指しながら)こっちの世界じゃない。(左方向を指しながら)こっちを目指してたんだ」
「沢田研二を越えるぞ!って。タイガースなんか解散させて、僕が沢田研二のバックでリードギターを弾くんだ、って」

05.どうしてこんなに悲しいんだろう (write&song吉田拓郎.1971)
06.おやじの唄 (write&song吉田拓郎.1972)

MC 〜「1970年当時は、大人が作り上げたものに若者がウンザリし始めていた時代で」
「TV局にはヤクザのような金ピカな連中が居て、"テレビに出してやろうか?"みたいな偉そうな調子だった。雑誌は雑誌で"取材してやろうか?"みたいな調子で。青少年だった僕の心はあの時深く傷ついた」
「運悪くエレックレコードという、社長も専務も皆サギ師だったという会社につかまってしまった。彼らは金だけ儲けて、その後どこかへ消えてしまった」
「アーティストなのに、会社員としてエレックに入社してしまって、月32000円の給料をもらってた。泉谷とかもいたが、みんな騙されていたんだ」
「これは運命なのか、それとも偶然なのか?」

07.唇をかみしめて (write&song吉田拓郎.1982)
08.サマータイムブルースが聴こえる (write松本隆/song吉田拓郎.1982)
09.落陽 (write岡本おさみ/song吉田拓郎.1973)
→後半、アレンジが変わる。4ビートから8ビートに変わり、ロック調の激しく速いリズム&ノリに。客席大興奮
(1982武道館ライブのDVDにある落陽の後半のイメージです→リズムが転調する部分)

MC 〜「落陽、アレンジが変わったの分かる?昔みたいに」
(拓郎コール&拍手鳴り止まない。客席の興奮が冷めず、うるさい)
「このままでは話しにくいので、『純情』行きます」
(またもやミュージシャン、アタフタと楽譜を探す)

10.純情 (write阿久悠/song加藤和彦.1993)
→特別メニューその2。9/19大分までは通常セットリストに入ってた曲
2003豊かなる一日バージョンとは、歌い方を変えている
2003「まだ足りなーいー」→2004「まだ、足りない!」

MC 〜「今度はオーディションを受ける話なんだけど、『オーディション受けないと、どーでぃしぃょん!?』(酷いギャグ)ダメだ。ムリあるなー」
(1階前方より「頑張りすぎー!」コール。客席一瞬引く)
「オーディション番組があるというので出てみたら、、、会場に入って愕然とした。なんと審査員が小学生!」
「広島から来ました、1番、吉田拓郎といいます。自分で作った『イメージの詩』を歌います」
(『イメージの詩』の最初を弾き語り)
「"♪信じないそぶり〜"。ブー!!ってブザーが鳴って」
「司会者が、では審査委員長さん感想は?と言うと、その子供が、『よく分からないし、つまらない歌だと思います』と言った」
「その時、この子供たちにケリを入れたいと思ったね。それで、後で思えば、なんておとな気なかったんだろうって思うんだけど、『君たちも大人になれば分かるんだよ!』と怒っちゃって言って帰ってきてしまった」
「ハーモニカつけてたのに、1番しか歌ってないから吹けてない。あの時はハーモニカホルダー付けたままエレックに帰っちゃったのかな」

「次はNHKへ。NHKって音楽・芸能番組に出るためには未だにオーディションやるんだよ」
「ちなみに僕の同期は、郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎なんだけど、郷ひろみなんて名前がいいよねぇ。こっちは吉田拓郎だよ」
「オーディションを受けた中に、『秋でもないのに』"♪秋でもないのに 冬が来て 春でもないのに 夏が来た〜"(裏声で適当に延々歌う)の本田路津子(るつこ)みたいな人もいて。足だけがきれいだったんだ」
「これを聞いて受けてる客席ってのも、相当歳が…」
「大体ね、フォークで美人はいないんだよ!なんで50にもなってイルカなんだ!?"イルカのおばさん"だろが」
「それで、NHKでのオーディション。"♪これ〜こそは〜"(イメージの詩をほんの弾き語り)と1番の半分だけ歌ったら、またブー!!その時ブザーを押したのが、今では天国に召されてしまった、今頃空からこっちを見下ろしてると思うけど、藤山一郎さん」
「あの時もハーモニカホルダーしてたのに、吹いてない…」

「小学5年生の審査員と、藤山一郎が許せない」

11.君のスピードで (write&song吉田拓郎.1995)
12.恋唄 (write&song吉田拓郎.1978)

MC 〜「1970年頃、まだコンサートツアーというものは存在しなかった。血まみれの鳩を見ているうちに空が暗くなるー、の関西フォークと、あっちにもこっちにもバラが咲いたとか言ってる能天気な関東のフォークソング。そういうのが1日に5〜6グループずつコンサートをしてた。しかも各会場バラバラで会場備え付けの機材を使って」
「まぁ僕は一人で歌っていたんで、(『青春の詩』さわりを弾き語り)そういう面倒はなかったが」
「バラが咲いてる、の方はバカだから放っておきゃいいし、"さー今!"の1曲だけだった人たちの、、、あー、今日は最後だから何でも言っちゃうよ!」

「そして2〜3年後、各地でイベンターが立ち上がって、コンサートツアーが形になっていった」
「当時、ラジオだけが味方で、ラジオを育てながら音楽を育てる、という雰囲気だった」
「こんばんわ、オールナイトニッポン、吉田拓郎です…、ってラジオではウソばっかり言ってたけど」

「日テレのプラチナ・ゴールデンショーという番組に出た。司会がFさんで。『マークU』だったんだけど、打ち合わせが無くて。これはエレックが最低だったからなんだけど、結局オーケストラとの音が合わない」
「そしたらFさんが『何やってんだバカ野郎!!新人か?』と。
『ハィ…(芝居がかったおびえ声)』」
「芝居がかってるな。今日は絶好調だよ。これでも当時はTVドラマも出てたんだよ。だんだん恥ずかしくなって止めたんだけど」
「『お前はフォークソングか?』、『ハ、その、フォークソングというか、ギターを持ってこうして歌って…』、『何グズグズ言ってんだ!フォークソングだったら岡林信康ぐらいちゃんとやれ!』」
「僕も岡林信康の研究はしてなかったけど、一応知ってたけど、ここで岡林の名を出す布施明の気がしれなかった」
「で、僕はキレた。岡林の名を出せばフォークの連中はギャフンと言うとでも思ったんだろうが、彼だってそんな岡林のことなんかちゃんと分かってなかったはずなんだ」
「それ以来、布施明を見返すぞ、と思った。こんなこと布施さんが来ても言っちゃダメだよ」

「作曲依頼が来る時が来るのか来ないのか、とか思ってたら先に森進一から来て。そしてついに今年の春先に作曲依頼が来たんだが!心をこめて断りました」

13.家へ帰ろう (write&song吉田拓郎.2002)
→瀬尾が太鼓のようなドラム(?)を叩く。後奏で拓郎バックステージへ
14.夏休み(inst)
→後奏で拓郎再登場、衣装替え(横浜公演で始めに着てたエンジ色の衣装)
・・・一部の方々にとってはトイレタイムになっちゃってるねぇ
15.全部だきしめて (write康珍化/song吉田拓郎.1997)
→コーラスがサビの部分で振りつけ(拓郎は歌いながらサビ直前にコーラスに手を向ける)
MC 〜「ずっとこういうツアーをやりたくて。最近、ツアーの新たな楽しみも発見したりして。 去年ツアーが始まる前に病院へ行ったら、何かあるよ、ということだったんだけど、とりあえず外国へ行って葉巻吸ったり、効かないな〜と葉巻かじったりしてた。で、帰ってきてまた病院行ったら、今度は『ポン』、と。『僕は肺ポンですか?』って」
「ポンがふたり居たら『ポン友』、『ポン天堂大学(順天堂病院のこと)』なんちゃって。ひどいなこりゃ」
「『ポン』は新しい病名です。濁点のアレは廃止です。血まみれ系のアレと同じだよ」

「手術を待つまでの間が悲しかった。特に夜になると。夜景を見ても『やけにきれいだ』とか言うんじゃないよ!自分が言ってるんじゃないか!!(すいません、と一歩引いてお辞儀して謝る)」

「どんどん後悔とか懺悔が出てくるんだ。雨が空から降ったら…雨の日はしょうがない…、だったら晴れの日はどうするんだ!の人(小室等)、あの人と会ってると暗くなるんだよね。だから会いたくないんだけど。傘が無いと何十年も言ってる人には傘を買ってあげないといけないなぁ、とか(井上陽水)。ある時サボテンと言ったこともあった。もう一人には謝ることはない。むしろ謝って欲しいくらいだ!(泉谷のこと?)」

「手術が終わって、パッと目が覚めた。朝、目が覚めるのと同じ感覚です。ただ、色んな人が僕の顔を覗き込んでいて。でも、生きてる!これでもう元気になれるんだ!と思ったら、もうあの人に謝るのはやめよう、と」
「そして1ヶ月位入院してたら音楽が頭の中によぎってきた。音楽をやりたい、ということが」

「沢田研二、最近太っているけど…。石川県でとっ捕まったりしたけど…。メディアと仲良くしてれば…。ラジオでメディアは地獄に落ちろと言ってた…。すいませんでした」
(一歩引いてペコリとお辞儀して謝る)

「今日は最終日です」
(メンバー紹介…Guitar:古川望、Guitar:徳武弘文、Keyboard:小林信吾、Keyboard:エルトン永田、Bass:富倉安生、Drums:島村英二)

16.人間の「い」 (write&song吉田拓郎.2003)

MC 〜「僕はAB型が苦手。ある時はA型である時はB型、ある時はC型、っていうのが。僕はA型のおひつじ座なんだけど、しかも軽め!運命と考えると重いし。名前は何がいいかな。『A-K型』だ。黄色いナンバーつけて。車はジムニーがいいかな。僕は大きなイベントがあっても引きずらない」
「みんなも病院で血液型測ってもらうといいよ。Aの重い、、、A-H型とか?(heavy)、重いとか軽いとか」
「昨日より今日、今日より明日。昔のことは偶然だったと考える」

(メンバー紹介…Trumpet:荒木敏男、Trumpet:木幡光邦、Trombone:清岡太郎(着てるTシャツを一気にはだける)、Saxophone:中村哲、Strings:伊能修グループ8名)
「ストリングスは、伊能修のストリングスグループ、伊能修です」
(と、ストリングス紹介で、8人が一斉にクラッカーを打ち上げる。拓郎、ややア然)
「クリスマスでもあるまいし…。去年の最終日も、変なことやって後で僕に怒られたんだけど、今日も怒られるんだ…」
「ストリングスとか、あの連中はクラシックのイメージがあるから、こういう所ではちょっと違和感があると思うでしょ?全然違う。酒飲んだらただのオヤジなの」

「みんな、今日は泊まりだよ」(客席は勘違いして大拍手→朝までやるぞ!と勘違い?)
「今までは帰れたんだけど…(場所が場所だけにということか?)今日はブドウの投げっこするんだ」

「楽しい偶然を期待して、明日からもがんばりたい」

17.流星 (write&song吉田拓郎.1979)
→すごく声が出ている
18.いつか夜の雨が (write岡本おさみ/song吉田拓郎.1980)

MC 〜「来年も(ツアー)やります。再来年も気になるけど、赤いナントカなんか出すなよ!」
「来年は前夜祭、再来年はお祭り。もうお祭りだよ。TVを4〜5年一緒にやってた2人も一緒に。ジャニーズに電話して許可もらわないと。でも2人にはケータイでOKもらってるんだけどなぁ」
「1曲1曲が終わっていく感じ。"クッ"っていくものがある(感傷気味)」
「半年くらい(ツアー)やってきたけど、待ってると長いだろうけど、全国を回ってると早い。歳のせいかな。札幌であれ食べたとか、鳥取とか青森で何を喋ったとかは覚えていないんだけど」

「明日からツアーやらないとなると寂しい」

(メンバー紹介…Chorus:遠藤由美、Chorus:坪倉唯子、Chorus:松田レレ<山梨のみ、宮下文一さんの代役>、Chorus:若子内悦郎<客席に一礼、瀬尾と向かい合って互いに礼←面白かった>)

「来年、中島みゆきのツアーがあります。なんで僕が宣伝してるんだろ。あちらとこちらでは、ミュージシャンが重なってるんです。あちらには1月から4月でツアーを終わらせてもらって、その後は7・8・9で僕がツアー。でも問題は、7月8月で中島さんがレコーディングに入っちゃったら。こういうことされないようにこれから詰めなきゃ」
「中島みゆきがレコーディングをやったら、僕がツアーをやって、、、(同じことの繰り返し)」
「(中島みゆきは)怖いらしいよ。いや、チャーミングでかわいいんだ。足だけだよ。夜会とか見に行くんだけど、遠くから見てるといいんだ。もう楽屋に行くの止めとこうかなって気持ちになる」

(メンバー紹介…Concert Master:瀬尾一三)
「瀬尾ちゃんには友情を大切にして欲しい。(みゆきと拓郎のどっちを取るか?という選択を迫る)」

19.旧友再会フォーエバーヤング (write&song吉田拓郎.1984)
20.遥かなる (write石原信一/song吉田拓郎.1996)
21.まにあうかもしれない (write&song吉田拓郎.1972)
22.今日までそして明日から (write&song吉田拓郎.1971)

〜(2分程、インターバル。場内拓郎コール)

〜アンコール〜
23.英雄 (write松本隆/song吉田拓郎.1978)
24.人生を語らず (write&song吉田拓郎.1974)
→今ツアー定番となった客席大合唱
25.旧友再会フォーエバーヤングagain (write&song吉田拓郎.1984)

終演ほぼ21時57分。公演時間は3時間20分。
拓郎本人による終演後のアナウンス
〜「本日の公演は全て終了しました。気をつけてお帰りください。只今、ロビーにおきましてツアーグッズを販売中です。思い出作りが好きな人は買って帰りましょう。ありがとうございました」(場内拍手)


- 余談 -
僕の隣の席の女性の方、どう見てもかなり若い方だったが、すごいノリノリで。
「ギャァー!タクロー!!」
「タクロ!タクロ!タクロ!タクロー!!」
"あヽ青春"から全身を揺らし、椅子がグラグラ。僕は船酔いしました。最後まで超ノリで。
背後の比較的年輩の男性の方は、
最初は「タクロー!」と騒いでらっしゃったのですが、
"おやじの唄"だったか、曲が終わった後で「いいぜぇ拓郎…」とボソッと。その後おとなしくなり。
完全に陶酔されてました。


これにて2004年のツアーはおしまい。
「まだ足りない」ということで、来年はどうにかしてもっと行きます。
再来年の「お祭り」がKinki Kidsを絡めた場合、どのような感じになるのか。
会場、内容含めて予測がつかないですが。

ともあれ、拓郎さんには半年間ゆっくり休んでいただいて、
来年の夏、また情熱的なステージを見せていただきましょう!

↑ホテルの部屋から県民文化ホールがすぐソコに見える
終演後、部屋に戻ると文化ホールから
「ワー!ありがとう!パチパチ(拍手)」の音が数回聴こえた。
出待ちだね?


↑部屋から富士山もチラッと