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FM Nack5「DoCoMo J-pop Magazine 〜吉田拓郎独占インタビュー・後編」
-Aug.27,2005 12:00-12:50

〜リハーサルスタジオにて

(田家「28日からツアーが始まりますが、私も広島行きますが」)

(田家「来年、"つま恋"をやるという…」

去年もエキジビションホールでライブやったり合宿やったり、昔やった曲をやってみたり、
何度か通っているうちに、つま恋で、あそこのレストランに75年の写真が貼ってあったりして、
それを見て大変だったな、青春は大変だったな、という…。

そういう青春を送った人たちは今はオジサンオバサン。
そのオジサンオバサンが今はどうしているのか、と。

その後の各々の人生があったんでしょうけれど、
まあ元気でいれば素晴らしいんだけど、さて、30年経ってみてどんな人生だったかね、と。

「さて、」と振り返る歳になってきたんだな、っていうことを感じてみないかという気がして。

当時、かぐや姫というグループがあそこに居たのは事実な訳で、
それで今回3人に連絡を取ってご飯食べながら、今つま恋はこうなってるんだよ、という話をしながら。
30年ぶりにつま恋で歌おうかなと思ったときに、かぐや姫がパッケージとしてある訳で。

それで、時間を半分ずつ分けてやろうか、と。
正直僕ひとりでは出来ない。君たちが居ないと困る、と。

出来るかどうかも分からないし、何が出来るかは分からないけれど、とにかく話を進めてみようと。
現地のつま恋の人たちも含めてミーティングをしてみて是非やろう、と。

どこまで再現出来るかは分からないけど、みんなで集まってオジサンオバサンの祭りが出来るのかどうかをやってみたい。

(田家「今年、75年の幻のフィルムが発見されて、それを見たんですけど、改めて凄いな、と」)

確かに凄かったですね。
僕らは若者だったし、将来も見えてなかったし、よく分からないでやっていたじゃないですか。
何も分からないまま本編に突入してた訳で、あれはもう真似出来ない。

あれは一回きりで、30年経って、ホントにオジサンオバサンが何が出来るのか、何が確認できるのか分からないけど。一緒に歌って時間を過ごす事に喜びを見出せれば良いですが。

僕ら出演者も含めて、みんな相当高齢だから、やっぱり健康が危ないよね。
コンサートが終わった頃半分は居なくて、入院してる可能性あるから(笑)

「♪あゝ青春」(一瞬の夏)

(田家「1975年、このイベントが無かったら今僕はこんな仕事してません」)

(田家「そうやって考えると、60代の迎え方も悪くはない?」)

そうかなー。
あんまり気持ちよくないよ。でも仕方ないもんねぇ。
嘘つく訳にはいかないし、実は42歳ですなんて言ったりしても。

でも、救いは周りもみんな"イっちゃってる"から。
瀬尾さんも島村さんも富倉も50代中盤から後盤のミュージシャンが集まっているし、でも異常と言っていい程若いでしょう?
その分救われているけど、でも現実には60だからやっぱり幸せとは言えないよね。

(田家「これから色んなミュージシャンが50〜60代を迎える訳で、最初の扉を開けるわけですが」)

そうですね。嫌だけど。

(田家「今後はどういう道が?」)

うーん、どうなんだろうね。
来年のイベント、その先を考えてバンドを組もうとしているし、一個一個テーマをもってやっていく内に歳を取って行く訳でしょ。
それに素直になるしかないよね。
もう出来る事のベストを尽くそう、と。

夢は色々あって、例えばツアーなんかでも、中ホール小ホール規模でたくさんやりたいという話はしていて。
本数は多くて、入場料も考えられていて、多くの人に見てもらえるような。

今のような大きいコンサートは、もうやりたいことの中には入っていないんですよ。
中規模小規模の会場で数多くやれるバンドを作ろうとしていて、それが来年以降のテーマ。

そういう夢はあるんですよ。

(田家「来年もその先も、というのは今まで無かったんじゃないですか?」)

音楽が好きじゃない時期もあったし、そういう意味ではプロフェッショナルとは言えないのかもしれないけれど、
面倒くさい時期もあったけど、今はもうちょいやりたい感じが強い。

年齢を重ねたことによって、音楽がシンプルになっちゃったってのはあるね。
あれこれ考えないで、気負いとかそういうことよりも、歌う事が先決になっちゃった、という。

(田家「死ぬまで歌うぞ!とか、そういう気負いではなくて」)

歌ってるのが楽しいとか、幸せだというのが、シンプルに色んなことの先にありますね。

今やってることがどこまで出来るのか、続く限りはベストを尽くそう、と。
そういうことが出来るバンドを作ろうと。

そういう気持ちで、歌う人にも声かけて、
「バンドは俺達がいるから、演奏してあげるよ」っていう歌手募集なんで。

だから今年は誰さんと誰さんを一緒に連れて回ったり、来年はA子さんとB子さんとか。
そういうのを企画しているんですよ。

ボーカリストは何人呼んできてもいいと思っているんです。
このバンドでは。

(田家「演奏してあげるよ、と。新しい企画ですね」)

そう。
いくらでも演奏してあげるから、それだけのメンツは揃えるから、と。

歌いたいんだけど、歌うチャンスが無いとか、歌うバンドが無いとか、
今ちょっと休んでいる人とかに声かけて、一緒に歌ってみないか、という。

もちろん、その人の持ち歌でやれたらいいな、と。
僕らも喜びが欲しいし、僕も前から言ってるけど、演奏がしたいじゃない。
沢田研二に声かけて、一緒に歌わない?とか、ジュリーが歌って僕が演奏する…。

(田家「ゴールデンシックスティーズというバンド名がいいですね」)

(田家「明日がツアーの初日です」)

広島なんだよね。やれやれ。
誰が考えたんだか…。

是非楽しみに待ってて下さい。
絶対に素敵なステージですから。

「♪いつも見ていたヒロシマ」(one last night inつま恋)