【Book】豊かなる日々 ~吉田拓郎、2003年の全軌跡(田家秀樹・著、ぴあ)

吉田拓郎と瀬尾一三(バンドマスター、アレンジャー)の対談より

・・・吉田拓郎と瀬尾一三が公の場でお互いの70年代について語り合ったのは初めてではないだろうか。拓郎はその頃の話を拒んでいたし、瀬尾は自分が表に出ることを良しとしない職業的な音楽家だった。

瀬尾「拓ちゃんもそうだけど、独学なんだよ。僕だって、音楽学校行ったわけじゃないし、楽器が出来るわけじゃない。先生だっていないんだから。耳で聞いたモノを頼りにっていう、それだけ」

吉田「よく生きてきたね、って人のこと言えないけど(笑)。だって、僕、アマチュアの時、ハーモニカホルダーって売ってると思わなかった。東京に来てからですよ、売ってるって知ったの。自分で作りましたからね。ハンガーみたいな針金を使って曲げるんですよ」

瀬尾「みんな我流だったね」

吉田「そう、我流でいいんだっていうことですよ。ボブ・ディランとビートルズが教えてくれたのはそういうことですよ。ビートルズは4人集まればこんなことが出来るよって。ボブ・ディランは1人で出来るよって教えてくれた。政治的なこととか哲学的なこととか何も教わってない。形だけ教わった。ギターを持ってここにハモニカホルダーをはめれば、1人でも出来ちゃうよということをディランが教えてくれて、ビートルズは男の子が4人集まれば何とかなっちゃう。4人でいいんだって。勇気づけられましたね。」


レコーディングスタジオにて ~スタッフとの会話

「サラリーマンがMP3で英会話を聞いてるんですよ。」

話は、再びオーディオに戻っている。

「それ、入れるの手間かかりそうだね。でも何たって小さいからねえ」

拓郎と話した人間は、誰もがそんな日常会話の面白さに惹かれると言う。思いがけない話が、ちょっとした会話から次々と広がっていく奔放さ。それはラジオのトーク番組で聞けるのと変わらない。

「だって延長コードですらネットで買っちゃうんだよ。送料の方が高いんだ」

話のテーマは、ショッピングになっている。もうMP3の話がひとしきり盛り上がった後だ。

「電気店と文房具店には弱いね。もうホッチキスまで買っちゃう。知ってる?100ページ以上も留められる新製品とか、シースルーのホッチキスとかあるんだよ。100何枚束ねられるんだから。でもさ、普通100何枚も束ねるものないよね。そっか、古新聞あるよ。生ゴミ出す時に束ねる」

「それ、燃えないゴミになりませんか?」

誰かがそんな風に応じて笑いが起こる。ホッチキスの素材は不燃性だ。拓郎が中心になっている時に、周囲に笑いが絶えないのは、そういうやりとりがあるからでもある。

「でも、ホッチキスってどこからどこまでホッチで、どこからキスなのかな。誰か語源知ってる?」

「辞書が要りますね」

誰かがそう言うと、拓郎は「その辞書がまた、はまるんだよ」と受けて広がっていく。

「辞書いっぱい持ってるよ。新しいのが出るとすぐに買いたくなる」

「通販に向いてますよ。通販番組とかやりません?」

「そう、自分で”ジャパネット拓郎”とかやりたいよ。通販会社やりたいね。今日歌って駄目だったらそうするか。肺活量関係ないもん」

話が思いがけないところに落ち着くのは、ふっと冷静になったりする時だろう。

どうしてその話になったのだろう。後で思い出してもつじつまの合わないことがある。この日もそうだったのかもしれない。どういうわけか話題はピロリ菌に変わっていた。胃潰瘍を引き起こす原因と言われている虫だ。ピロリ菌というのはどういう虫なんだろう。そんな日常的な話が、拓郎の口に上がるとこんな話になる。

「虫がいてポコチン立ててくれればいいのにな。ありがたい虫がいてさ。ありがた虫とか、そういう虫がいいよな。今日、頼む、とか言うと虫がポコチンに入ってくれるの。その代わり、虫の好きなもの喰わないといけない」

「もう、ポコチンの代わりに動いてくれるわけよ。それなら蛇入れた方が早いか。でもポコチンに蛇が入っていたらすごいな」

「虫のおかげで元気です、とか言っちゃって。彼女も、今夜虫使ってよとか言ったりして。何だよ、お前、虫、気に入っちゃったのかって喧嘩になったりして」

自分の思いつきが膨らんでいく。そうやって嵐のような笑いを巻き起こしてからふっと沈黙する。

「ヴォーカルが、もう少し聞こえるといいかな」

さっきまでの陽気なトーンとは打って変わってシリアスな表情に切り替わっている。